名言

『一隅を照らす』とは

こんにちは、ももてんです。

皆さんは『一隅を照らす』って言葉を知っていますか?
私はけっこう神社などで張り紙に書いてあるのを見かけたり、親族が「一隅を照らす人になっていきたい」と話していたので、いい言葉なんだろうなぁと思っていました。

言葉だけで何となく意味を察してはいたのですが、改めてしっかり調べてみようと思いました。

『一隅(いちぐう)を照らす、これ則(すなわ)ち国宝なり』最澄

天台宗を開かれた伝教大師最澄(でんぎょうだいし・さいちょう)が記した『山家学生式』(さんげがくしょうしき)の冒頭にありました。山家学生式とは、お坊さんたちの修行規則のことです。最澄は教育にも熱心で「一隅を照らす国宝的人材」を養成したいという熱い想いを著述して、時の朝廷に提出したのです。

                          ※出展:wikipedia

現代語訳:

国の宝とは何か。

宝とは、道を修めようとする心である。

この道心をもっている人こそ、社会にとって、なくてはならない国の宝である。

だから中国の昔の人はいった。

「直径三センチの宝石十個、それが宝ではない。

社会の一隅にいながら、社会を照らす生活をする。

その人こそが、なくてはならない国宝である」と。

~山家学生式の冒頭部分より~

このように一節になっていると意味を掴みやすいですね。

今年2021年は、伝教大師最澄(766~822)の没後1200年の大遠忌に当たるそうです。
この年にこの言葉に触れたというのは何かの縁でしょうか。
2021年9月5日東京MXの番組で早稲田大学教授の大久保良峻さんが最新の研究解釈を交えて教えてくれていました。

「一隅を照らす」という語について、天台宗では原文を「照于一隅」として読み、学界では「照千一隅」も有力。「照千里」「守一隅」の二つをまとめたものとして、大久保教授は「千を一隅に照らす」と読み下しています。
つまり「一隅にいながら千里を照らす」ということ。

ここまで書いて、気が付きました!
最澄がいう「一隅」とは比叡山を指していたのですね!
最澄は比叡山で修行をする僧たちに向けて「人々に気づかれるような場所ではないけれど(入山すると12年住み込む)修行に熱心に励むことで社会をも照らすのだ」ということを伝え“一隅を照らす国宝的人材”を養成していったのです。

時は流れて令和の時代。私たちはこれを自分たちの境遇に当てはめて、

「みんなが気づかないような片隅でも、自分のできることに真剣に向き合いベストを尽くすこと」

が大切ですね。

大久保教授の著書はこちらです↓
(最澄研究の第一人者が書き下ろした最澄の本格的人物伝)

人道・復興支援に尽くした中村哲医師

国際NGO「ペシャワール会」現地代表として、アフガニスタンとパキスタンで活動されていた中村哲医師。数々の賞を受賞されている方なのですが、2019年にアフガニスタンで凶弾に倒れたというニュースが駆け巡ったことが記憶にある方も多いのではないでしょうか。

中村哲さんも“一隅を照らす”という言葉を好んで使っていたそうです。
“今いる場所で希望の灯をともす”
“誰もがそこへ行かぬから、我々がゆく。誰もしないから、我々がする”
という中村さんご本人の言葉も、意志を継ぐ人々に残されています。
         ※出展:wikipedia
そんなことを思い出していたら、今日突然こんなニュースが入ってきました。
《中村哲さんの壁画消される タリバン支配誇示で指示か》
2021.9.5

アフガニスタンは今揺れていますね。タリバンの勢力が増してきて人々がまた危険にさらされています。今こそ中村医師の記憶を思い出してほしいと思いますが、だからこそタリバンはそういった人物を阻止すべく壁画を消したのかもしれません。

きっと「一隅を照らす」「最澄」「中村哲医師」とこのニュースが繋がったことには意味があるはず。少なくとも私にはあるのだと思って、思いを馳せることにします。

『引き寄せの法則』がこんなところで働いたのでしょうか。

『一隅を照らす』ために今できること

何かを変えたいとき、特別なことを行うのではなく、今自分ができることを一生懸命に取り組むこと。

少し私の思い出話をさせください。
2011年東日本大震災が起きた時に今は亡き祖父に私は相談していました。
私は東京在住で二人目を妊娠中でした。現地へボランティアに行ったり、いや、今いけない…だけど何かこう大きなことをしないといけないんじゃないか…と焦るように悩んでいました。
何をするべきで、何ができるのかもわからなかったんですね。
それに対して、祖父はこう答えてくれました。
「今自分がいる場所で、自分ができることを精一杯にやることが一番だよ。それしかない」と。

私はそれを聞いて、なんだか普通なことで、納得できるようなできないような気持ちでいました。
でも、戦争の終盤を経験した尊敬する祖父が言った言葉です。

それは長らく私の心に残り、今も時折こうやって思い出すのです。
たぶん祖父も「一隅を照らす」の意味を個人的に学んだ一人だったのだと思います。
言葉のパワーってすごいですね!
知識だけでなく、実体験として結び付いた瞬間でした。
※注イメージです

皆さんも何か行動しようと思ったときに、急に大きな事を行えるわけではないのだと心得て、今ある目の前の一歩一歩に最大限の力を注いでいくことをオススメします。

最後までお読みいただきありがとうございました。
今日の一文が、あなたのインスピレーションと行動のきっかけとなりますように☆