著名人のことば

第二回 俳優 大沢たかおさん

こんにちは、ももてんです。

第二回は大沢たかおさんです。2021.8.4TV『日曜の初耳学 インタビュアー林修×大沢たかお』にゲスト出演されていました。

ももてんdreamでは【いつどのタイミングで、なぜその決断をしたのか】をまとめてまいりますね。

①大沢たかおの原点 モデル時代

大沢さんは東京新宿でスカウトをされて大学1年のときからファッションモデルに。
大学3年生のとき活躍の場を広げるため海外へチャレンジされたそうです。
パリコレでは“YOUJI YAMAMOTO”に出演されました。ただ、このときのことを「挫折」と語っています。

~出演の確約もないまま自分で貯めたお金で単身パリへ。英語もできない。
東京で噂されていたモデル事務所に連絡して、オーディションリストをもらって回る。
結果はほぼ全敗で、一つだけ拾ってもらったのがYOUJI YAMAMOTOだった~

大沢:「自分は鼻が天狗だった。そこで世界のレベルと自分の現実の違いを見せつけられたんです。自分は181cmでモデルだと小柄。人間じゃないみたいなスタイルの人たちが体も作りこんでいて、想像を絶するくらいかっこいいんですよ。」

オーディションを受け続けているうちに、ストレスから高熱をだし体調を崩されていきました。
世界のレベルを痛感。25歳でモデルを辞めて俳優の世界へ向かわれるのです。

②役者人生を変えた作品との出会い

たくさんの作品に出演されていましたが、28歳のとき『劇的紀行 深夜特急』1996年~放送(作家・沢木耕太郎の旅行体験に基づいたアジア~ヨーロッパを旅するドキュメンタリードラマ)と出会います。

大沢さんは参加することを決めた時が最初の大きなターニングポイントだったと語っています。当時トレンディドラマ流行りで、『劇的紀行 深夜特急』をやると撮影に1年半はかかるため、他のドラマに出られなくなります。人気路線から外れると周囲から指摘されていたそうです。
だからこそ、「ドキュメンタリーとドラマの融合って誰もやってないだろうなと思ったからトライしたい」と思ったんそうです。

知ってか知らずか、彼は激戦のレッドオーシャンの世界から、ブルーオーシャンの場所を探してトライされたんですね。このときトレンディドラマがレッドドキュメンタリードラマがブルーです。ブルーオーシャン・レッドオーシャンについてはこちらも読んでみてくださいね。

当時、ドラマの主流が恋愛・青春ドラマの全盛期を迎えていました。
そんなときに、撮影スタッフ6人と海外を回る撮影生活。ドラマの常識から外れた体験が、ストイックな俳優・大沢たかおの基盤となっていきます。

半分ドキュメンタリーでやっているため、役を演じるのか自分を演じるのか、だんだん分からなくなってきて、垣根がなくなってくる感覚があったそうです。
それまではドラマでお芝居をする=スタジオの中でカメリハやってというルーティンだったのが、現地によっては一般の人を相手に芝居していたので、そこでけっこう感覚が磨かれた気がするとお話しされています。

③ドラマ『JIN-仁-』を受けた理由

『君といた夏』『星の金貨』⇒②⇒『お仕事です』『アナザヘヴン』(代表作)などドラマの世界で活躍されていきます。
しかし、ストイックに頑張る大沢さんゆえに、ドラマ制作に疑問を感じたことがあったといいます。

なんでもっと追い詰めないんだろう、なんで先をどんどん急ぐんだろう、と。
納期はあるし、毎週やらなきゃいけないので仕方ない部分はあるけれど、それが、クオリティーとかお客さんに喜びや感動を伝えることよりも、とりあえず完成品を作ることのほうが優先されることに納得できなかったと話していました。
自分とドラマの間にゆがみが出てきて、ドラマを変えるというよりも、自分が身を引いた方がいいのかなと、ドラマに出演するのを控えるようになっていったそうです。

このことから、大沢さんはドラマから映画に活躍の場を移していったんですね。

映画の撮影現場は大沢さんにとって刺激があるものとなったようです。

大沢:「みんなフリーランスの集まりで、映画監督はこの一本に勝負をかけてくるし、カメラマンもその1本のために雇われていて、結果を出さないと次もない人たちが集まっているんです。そこはすごいエネルギーの場所です」

お金も予算もない中でエネルギーがある人たちと頑張って作る映画。
『世界の中心で愛をさけぶ』も、実は対して予算がなくて、映画会社・監督・カメラマンが怒鳴りあって「フィルムを買うお金がない」とやっていたこともあったそう。それでも良いチームでもの凄い仲間たちとの制作は映画に魂を吹き込み、日本映画はそのころから急に繁栄を極めていくのです。

これをきっかけに、映画の出演が続いていきました。

そして8年の時を経て、国民的ドラマとなった『JIN-仁-』でドラマの世界に復帰。

その頃映画が全盛となり、ドラマは元気がなくなっていました。みんな映画にシフトしていたのです。
だから大沢さんは、逆にそこでドラマをやったら面白いかなと出演を決めます。
周囲からは「今までの数年間、映画で培ってきたものを一個のドラマの失敗で全て失うかもしれないぞ」と言われていたそう。
これが最後の勝負だと思って演じたそうです。

大沢さんはここでも、ブルーオーシャンの道を選択されています。
このときは、映画がレッドドラマがブルーです。
凄いなーと感じる方って、感覚的にこういうことを判断しているんですよね。
だいたいブルーオーシャンになる道は険しく厳しそうな感じがするものです。
その先に何か掴めそうだなと挑戦していくのでしょう。
小さな光でも視えているのでしょうか。

大沢:「考えられる常識の枠を跳び越えて、限界点を越えたところをやればなんかお客さんに伝わるのかなと。手を抜いたものは一瞬でお客さんは観なくなる。ドラマはそれで終わりです」

ストイックな仁の現場に、再びドラマの可能性を感じたんですね。

④『キングダム』王騎将軍を演じるために18kg増量


50代になっても大沢さんの快進撃は続きます。
2019年、映画キングダムでは漫画の世界観そのままの王騎将軍を演じました。
アニメキングダムの王騎将軍のしゃべり方もそのまま。お客様目線を一番に考えている大沢さんらしいですね。

役作りで体重を18kg増量。7か月くらいずっと食べていたそうです。
健康診断の数値は先生に「数値異常!」と言われ、膝も悪くしていて体は悲鳴をあげた状態。
そんな大沢さんですが、

大沢:「苦手なことでも、これでお客さんが絶対喜んでくれるなと思ったらやる。得意不得意も、好き嫌いも関係ないです。自分がやった作品で「この役のように頑張ってみます」とかお手紙をいただくんです。唯一それが俳優をやってこられた理由です。それだけですかね」

ここまでくると、もう何かに取り憑かれているんんじゃないか?(+_+)
自分の身を削りながら、誰かの何かパワーになれるように必死に形に残そうとしているんですね。

個人的には、キングダムのラストシーンで秦王嬴政に質問を投げかけ、答えを得られたあと空を見上げる王騎(大沢たかおさん)の表情がグッときました。
新しい時代の風を感じて喜びが湧いてくるような絶妙な表情でした。

『キングダム』まだ読んでいない方がいたら、読まないのはもったいないですよ!
奴隷の信が、王騎将軍のような天下の大将軍になることを目指していく物語です。
そして、映画もご覧になってみてくださいね(^^)/
信「夢があるから〇〇〇〇だろうが!」と最後の戦いの際のセリフです。(〇の数は関係ないです)
映画を観て確認してみてください☆

お読みいただきありがとうございました。
今日の一文が、あなたのインスピレーションと行動に繋がりますように。
また次回のご訪問もお待ちしております♪